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2014年11月19日

乗りつぶし日記 その54 ~東京出張3回目(その2)~

2012年8月5日

予定を終え、この日は18切符で帰路につく。

スタートは蒲田駅から。東京駅に向かい、中央快速線に乗り換え、中央線回りで京都に戻る行程である。
東海道線回りは・・・ロングシート王国、静岡がキツイのでパス。

予定より早くでられたので、早めの列車で移動する。東京駅でトイレに寄り、8:11発の中央特快・高尾ゆきに乗車。
当初予定よりは30分早い列車だが、このくらいなら高尾での待ち時間が増えるだけになりそうだが・・・

高尾では、9:27発の甲府行・115系の列車に乗り換え。
車窓は、高尾を出ると一気に山登りモードへ変わる。
山間を走るので、車窓の変化もあまりなく、トンネルも多い。
あと、115系のボックスシートが硬くて、座ってると痛い・・・ホント、JR東日本の電車って・・・

うとうとしていると、少し景色が開けて甲府盆地へ。山肌にぶどう畑もちらほら見える。
11:02、甲府駅到着。本来なら、ここでしばらく待ち、松本行の普通に乗り換えるのだが、臨時のホリデー快速ビューやまなしが後ろから追いかけてきていたようだ。
これはチェックしてなかった・・・東京駅8:11なら余裕で新宿で乗り換えれてたやん・・・(ー_ー;)
行けるのは小淵沢までなので、最終的には予定通りの松本行に乗ることにはなるのだが、時間を潰すなら甲府より小淵沢のほうがいいやということで、自由席に乗り込む。
やってきたのは、オール2階建て車両の215系。すし詰めならスルーしようとも思ったが、余裕で座れた。11:15甲府発。
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小淵沢で当初予定の松本行に乗り換えることになるが、運が良ければ小海線のハイブリッド車両を見られるかも。
小淵沢には12:00に到着。どっと人が降りてくる。
甲府で余裕で座れたと言っても、そこは2階建て車両の10連。相当な人出である。
少しでも暑さから逃れようということか。(かくいう管理人もそのクチだが・・・)

乗車予定の松本行は12:39発。それまでの時間で撮影に勤しむ。運よく、ハイブリッド車両にも合うことが出来た。
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おまけで、キハ110もパシャリ。
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ついでに、115系も。
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なお、小淵沢では結構な人数が小海線の方に流れていったが、松本行を待つ人も多い。
この列車は高尾からの列車なので、座れないかも・・・

一応座れたが、結構な人数である。この客がそのまま塩尻からの臨時快速に流れられると少々困ることになるのだが・・・

小淵沢を後にし、中央本線は長野県に突入。山の緑に囲まれて走る。
茅野からは乗客の出入りも多くなる。
上諏訪~下諏訪の間では諏訪湖も望むことが出来た。

いつの間にか、単線区間に入っていたようで、下諏訪では行き違い待ち。
岡谷で旧線と分岐する。飯田線方面の列車は岡谷からでていることが多いようで、JR東海の313系が止まっていた。
昔乗った時は119系だったが、きっと総とっかえされているのだろう。

地平を走る旧線をオーバークロスし、みどり湖周りの新鮮は複線のまま長大トンネルに突っ込む。
長いトンネルを抜けるとみどり湖に到着。
盆地の視界がひらけ、塩尻の街に近づく。
山間から旧線が表れて合流。更に、中央西線も合流し、塩尻駅へ到着。

塩尻駅での待ち時間で、駅の立ち食いそばをすする。汗をかきつつ真夏に温かいそば。
車内の冷房は夏の列車旅には有難いが、長距離乗ると冷えるので、温かい出汁が調度良い。
さすがにソバだけでは名古屋まで持たないので、売店でおにぎりを買い、ホームで名古屋行の列車を待つ。

新宿からのホリデー快速ビューやまなしは見逃していたが、塩尻からのナイスホリデー木曽路は予定に組み込んでいたので、それを待つ。
待つ間に、辰野方面の列車が止まっていたので、パシャリ。後から知ったが、このモハ123-1は、2013年春に引退したようだ。撮っといてよかった。
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さて、ナイスホリデー木曽路だが、乗車口に長蛇の列・・・と言うのは見事に杞憂に終わって一安心。しばし、ホームをぶらぶらする。
温かいソバで軽く汗をかいたが、小淵沢程ではないものの塩尻駅にふく風も結構涼しく感じる。(まあ、基準が京都盆地なんで、地元の人間にとっては十分暑いのかもしれないが・・・)

発車5分前に列車が入線。JR東海の313系・転換クロス仕様。こいつは、JR西の221~225系と同等の乗り心地なので、長距離でもわりと楽ができる。
*管理人は乗ったことないが、同じ313でもロングシート仕様や、固定クロス仕様は乗り心地に難有りらしいが・・・

そこそこ乗客は多いが、早めにホームにスタンバイしていたので、余裕で座れた・・・が、近くにいた中高年の団体がやってきて、大声で「空いてるし、みんな呼んでくるわ」と言い出すもんだから、急いで別の車両に避難。のんびりゆったり移動したいのに、近くで井戸端会議やられるのは勘弁です。

そうこうしているうちに、列車は塩尻を発車。すぐに木曽谷へ突入する。
同じ『中央本線』の名を関していても、中央東線と中央西線では随分と趣が違う。
東に比べると、より谷筋を縫うような車窓で、すぐに木曽川と平行する。

中央西線の路線は、単線区間、複線区間が入り乱れて西へ。道中、中山道ぞいの宿場の名を残す役も多い。
現に、このナイスホリデー木曽路も、そういった宿場町巡りのニーズも取り入れた列車なのだろう。

塩尻で空腹も満たしたので、眠気も襲ってくるが、ウトウトしつつも木曽川の景色も楽しむ。
白味の強い巨岩と、グリーンの川面が印象に残る、私の好きな車窓の一つである。

16時前には中津川に到着。ずいぶん早く、名古屋近郊についた感じもするが、よくよく考えれば、名古屋はもっと先。
列車本数が増えるからそう感じるだけで、距離的には塩尻と名古屋の中間辺りでしかない。

名古屋へは定刻を少し過ぎて到着。中津川からがずいぶん長く感じた・・・。

名古屋で、東海道線に乗り換え、米原行きの列車に乗車。何だかんだで、中央線回りでも明るいうちに、米原まで戻ってくることが出来た。
もっとも、このナイスホリデー木曽路があるからこそ、中央線まわりで、途中の撮影や車窓を楽しむルートが組めたわけだが。

米原まで来てしまえば、慣れたアーバンネットワークの中である。
名古屋方面からの列車と京都方面行き新快速は同一ホーム乗り換え。しかも、米原から増結での12両だから、余裕で座れる。

東海道本線の中では、大垣~米原間がどうしてもボトルネックになるので、直通が少なかったり、本数が少ないながらも、こういった乗り継ぎの便が図られていると非常に助かる。

さすがに明るいうちに、とはならないが、余裕を持って京都に戻ってくることが出来ました。

乗りつぶし日記 その53 ~東京出張3回目(その1)~

2012年8月4日

前回の東京出張から1週間もおかずに再びの出張となる。
用事は8月4日だが、午後一番からなので、「ぷらっとこだま」で前日に東京入り。
用事があるのは品川だが、さすがに品川近辺だと宿も高いので、ちょっと離れた蒲田に宿を取る。

前泊したおかげで、午前中はフリー。ということで、近場をちょっと乗りつぶす。
まずは、JR京浜東北線に乗り川崎へ。ここからは某動画配信サイトで「ハマの赤いアンチクショウ」と名高い京急に乗り換え、大師線を乗りつぶしてみる。有名な川崎大師の最寄りを通るやつだ。
*最近になって、「迷列車シリーズ」という動画のことを知り、結構ハマっているので、影響受けまくりである。
列車頻度は10分毎となかなか多く、4連の車内はほぼ満席。(ちゃんと形式見とけばよかった)

なお、管理人はICOCAとPitapa2枚持ちなのだが、この時はまだ関東圏の民鉄でICOCAやPitapaが利用できなかったようで、現金で切符を買う羽目になった。
SuicaとICOCAは2012年夏時点で相互利用できていたし、PasmoとSuicaの相互利用ができていたはずなので、てっきりICOCAも利用できると早合点していて面食らっただけだが・・・
ICカードに慣れると、現金で近距離の切符を買うのが非常に面倒くさくなってしまう(ー_ー;)

大師線はいかにもといった郊外路線の風情。産業道路までは複線だったがそこからは単線となり、間もなく終点の小島新田へ。
乗客は途中で少しずつ減っていったが、2割位は小島新田まで残っていた感じだ。
終点の小島新田は一見すると、変哲のない住宅街の駅。
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すぐ近くに東京貨物線を渡る跨線橋があり、線路の本数も多いので、貨物の時刻に当たれば、それなりに迫力のある風景が見えたのかもしれない。
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転落防止のため、仕方ないんだろうが、ちょっとフェンスが邪魔(苦笑)

少し周りを眺めて、小島新田駅に戻る。途中、やけに工事区間が目立つと思ったら、連続立体交差化事業をやっているらしい。
帰りに気付いたのだが、単線なのは小島新田~産業道路の僅かな工事区間だけだったようだ。
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京急川崎にUターンして、今度は羽田空港に向かう。川崎でエアポート急行を待つか、すぐ来た快特に乗る手もあったが、快特の混雑っぷりを見てスルー。
ちなみに、スルーした快特の車両は「ブルースカイトレイン」だった。
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とりあえず、次に来た各停で京急蒲田に戻って乗り換えることにした。
京急蒲田で乗り換えるが、2012年夏は工事中ということもあり、横浜行きが地平、品川行きが2Fという構造になっている。
羽田空港行は、横浜方・品川方両方から来るので、どっちに行くか少し迷う。

程なくして、横浜方面からの空港急行が来たので、それに乗り込む。
なんとか座れたが、車内は人が多い。空港行きということもあり、大荷物の人も目立つ。
都合の悪いことに、車内のカーテンはほぼ全閉。沿線の様子がよくわからない。
天空橋では地下に潜ってしまい、結局景色はよくわからずじまい。

あまり空港に長居する気もないので、早々にモノレール乗り場へ移動し、用事のある品川方面へ。
モノレールはICOCAで乗れた。
現地に行くまで知らなかったのだが、東京モノレールには快速がある。モノレールで快速と言われてもピンと来ないのだが、ともかくその快速に乗って浜松町まで移動する。
しかし、このモノレール車両の座席配置のけったいなこと。ピーク時には相当混むから、ということなのだろうか。
変則的なロングシートと一部クロスシートの組み合わせで、立席スペースがかなり多めに取られている。
あと、モノレールが地下を走ってるってのもどうにもピンと来ないが、国際線ビルの手前で高架となり、モノレールらしい車窓になる。
*管理人的には、モノレール=郊外の高架(しかもかなり高度の高い)というイメージがあるもので・・・(大阪モノレールのイメージです)
しかしその後も数回地下に潜る。

それにしても、東京モノレールはよく揺れる。スピードを相当出しているので、カーブや線路の継ぎ目での乗り心地は褒められたものじゃない・・・ていうか、恐怖を覚えるレベル。
海辺でそれなりに景色がいいのが救いだが・・・

モノレールをひとまず体験した後、浜松町で山手線に乗り換え、品川に向かう。

用事をひとしきり済ませた後は蒲田の宿に戻る。
なお、宿はJRの蒲田駅前だが、品川からの帰路は京急で蒲田に向かった。夜だし、酒も入っているので車窓もへったくれもないが、一応は未乗区間踏破である。

 

2014年9月24日

乗りつぶし日記 その52 ~東京出張2回目~

2012年7月30日~7月31日

 
約1年ぶりに東京に行くことになったが、この時は前後の日程に余裕が出来たので、青春18切符を活用することにした。
今回は行きに18切符を利用して「ムーンライトながら」に乗り、帰りは『ぷらっとこだま』のグリーン車でのんびり帰るという行程を立てた。

まあ基本的には東京に行って帰ってくるだけなのだが、ムーンライトながらの東京着が早朝で、用事は午後からなので、それまでの間に武蔵野線と南武線を乗りつぶしてしまおうという魂胆だ。

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まずは、2012年7月30日はちょっと早めに仕事を切り上げ、支度を整えて京都駅に向かう。
駅周辺で夕食と軽く一杯を済ませ、早めに駅へ。

当初計画では、京都駅20:31発の新快速 長浜行きに乗車し、米原で乗り換えて大垣へ向かうプラン。

これでも、大垣での乗り換え時間は18分あるのだが、米原~大垣間は東海道線におけるボトルネック区間なので、そこの乗り継ぎが狂うとエライことになる。
というわけで、予定の時刻より早めに京都駅構内に入ったのだが・・・まさしく結果オーライ。予定の時刻ギリギリに向かっていたら東京に行けないところだった。

案の定というか、間が悪いというか、JR琵琶湖線に遅れが出ていて、当初予定の1本前の新快速が20分遅れ。

ちょうど京都駅20:07発の普通 米原行きが来ていたのでそれに乗る。
途中で新快速に抜かれるようなら案内放送もあるだろうし・・・
が、結局は新快速に抜かれることもなく、この列車の定刻通りに21:21に米原駅到着。
結果的には予定より20分早めの普通に乗り、予定より6分早く米原駅に着いたことになる。

で、この後も当初予定では、米原駅22:00発の快速 豊橋行きだったのだが、1本前の21:29発の普通 大垣行きに乗車。

定刻通りに琵琶湖線が動いていれば、京都駅20:31発の新快速 長浜行き→米原21:27着、同一ホーム乗り換えで21:29発の普通 大垣行きに乗車することもできたとは思うが・・・18切符旅行かつ夜行も絡んでくると、あまり綱渡りな予定は組めないわけで。

なお、この日乗車した「米原21:29発の普通 大垣行き」だが、現在はJR東海から引退している117系の運用で、しかも堂々8連のオリジナル色。京阪神間で新快速として活躍していた頃の雰囲気が思い出される列車に乗れたのはちょっとラッキー。

都合、一番肝心な大垣駅への到着は当初予定より30分早くなり、大垣駅で余裕を持って飲料等も買い出しできたので、18切符旅行では余裕を持った予定を立てておくべしというのを身をもって実感できたわけだ。

買い物を済ませ、ムーンライトながらの出発ホームで待っていると、当初予定の米原駅22:00発の快速 豊橋行きは遅れてやってきた。
一応、ムーンライトながらへの乗り換えは出来るくらいの遅れではあったが、買い物をする余裕は全くなかった。

慌ただしく、ムーンライトながらが入線。夏休み期間とあって、子供連れも含めて幅広い層の乗客がカメラを向けていたのだが、ヘッドライトが近づき、列車のシルエットが徐々にあらわになってくる。

・・・どうも、ヘッドライトの位置がおかしいぞ・・・と思っていると、そこに現れたのは183系(189系かも?)特急型電車・・・orz
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てっきり373系が来るものと思っていたので呆然・・・調べておけばわかってたんだろうが、どうやら臨時化された時点でJR東海の373系ではなく、JR東日本の波動用車両での運用に変わっていたようだ。これじゃあ高速バスにお客逃げるって・・・

今となっては『高速ツアーバス』の規制が強化されたので、価格だけ見れば、18切符&ムーンライトながらが最安だとは思うが、車内設備が勝負になりません。直近はどうかわからないが、2012年夏のムーンライトながらは183系の中でもアコモ未改善の車両のようで、簡易リクライニング仕様。

3列シートが基本の夜行バスは言うに及ばず、激安仕様の4列タイプのバスでも簡易リクライニングってことはないだろうから、快適性でも完敗。
価格と定時性しか優位性がないという残念な状態・・・

それでも18切符効果は大きいようで、決して空気輸送ということはなく、大垣の時点で4割方席は埋まり、岐阜、名古屋、豊橋と徐々に増えてゆき、ざっと8割方は埋まったようだ。

しかし、客層の広さに驚いた。主なターゲットは帰省の学生になると思うのだが、そういった客以外にもビジネスマンや中高年に子供連れも多い。
これで列車がせめて373系ならもう少し快適に東京入りできたのに・・・まあ、特急型車両に18切符で乗れるのだから文句は言えんか・・・昔の『大垣夜行』時代は簡易リクライニングすらないボックスシートだったわけだし。

眠れないかもと覚悟もしたが、豊橋を過ぎて気づけばもう横浜。浜松に付く前には寝入っていたようだ。

多少腰には来ているが、なんとか睡眠はとれたので、東京到着後は予定通り武蔵野線と南武線を乗りつぶすことにする。

 

続きを読む: 乗りつぶし日記 その52 ~東京出張2回目~

乗りつぶし日記 その51 ~東京出張1回目~

2011年7月2日~7月3日

 
この日は所用で東京に行くことになったのだが、乗りつぶし記録開始後は初めての東京行きとなる。
ただ、日程に余裕がなかったので、乗りつぶし日記的にはさしてネタはなく、行きも帰りも東海道新幹線であった。
 
それでも、東海道新幹線の京都~東京間が踏破済みとなり、少ない自由時間を使って、ゆりかもめ全線(ついでに東海道線の新橋→東京)を乗りつぶしてきた。
ゆりかもめは豊洲→新橋で乗車したのだが、高所を走っているだけあって、眺望はそれなりに良く、東京スカイツリーもゆりかもめの車窓から見ることが出来た。
 
乗りつぶし的には京都~東京間の513.6kmが踏破出来たわけだが、あまり印象に残る旅行ではなかった。
まあ、所用がメインだから仕方ない。
 

2014年8月27日

北陸新幹線金沢開通は来年春・・・

さて、北陸新幹線の金沢開通がいよいよ来年春に迫ってきた。

てっきり、速達タイプが『はくたか』になると思っていた管理人だが、まさかの『かがやき』になるとは思わなんだ。
まあ、『かがやき』という列車名は、北越急行ほくほく線経由の『はくたか』登場以前は、長岡乗り換えの東京対北陸の速達特急だった経緯があるので、『スーパーはくたか』や、東北新幹線の『はやぶさ』よりは、はるかに妥当なネーミングだと思いますが。
東京対北陸なら、『白山』や『北陸』といった過去の特急の名称もあったはずだが、どうも新幹線の列車名は「ひらがな」の愛称にするのが暗黙のルールになっているのだろうか。

さて、それよりも、個人的には『北陸新幹線の金沢開通』よりも、それに伴う『並行在来線の3セク化』の方が気になる。できればJRのうちに乗っておきたいものだが、富山~直江津~長野間は未乗車なので何とかしたいところなので、それを基本に計画だけは色々考えているが、なかなか実行に移せないのが悩ましい。




ていうか、いまさらだが、『整備新幹線の並行在来線は3セク化』というのは、どうしようもない愚策だと思う。
政治家ってのは、交通政策にかぎらず、国民に都合の悪い『約束事』だけは律儀に守るんやね。
さらに、経営分離のみならず、分離した区間を県境でぶった切るのも愚かしい。

新幹線やリニアのような『超高速の交通機関』は、『ストロー現象』で東京にヒト・モノ・カネが吸い取られるだけで、地域の活性化や地方の均衡的な発展にはつながらないし、県内移動、隣県移動の需要は新幹線かと並行在来線の経営分離で、かえってバスやマイカーに流れていると思うのだが。
もっと言えば、JRの分割民営化のやり方も、赤字に苦しむことが明白だった北海道・四国・九州を単独で分割させたのも、今となっては間違ってたんじゃないかとさえ思う。

会社を分けるから、会社が分かれる箇所での乗り継ぎ・連絡が不便になる。そして、それを嫌って利用客がクルマに逃げる。利用客が減って、鉄道の便数も減る。近距離移動ですら、鉄道は不便になり、地方から人が流れる。そして、地方は衰退し、ますます鉄道会社の収益が厳しくなる。

アンチ東京思考の強い管理人の穿った見方に過ぎないが、東京にヒト・モノ・カネを吸い取るために、あえて分割民営化や並行在来線の3セク化&県境でのぶつ切りをさせたんじゃなかろうか。いかにも霞ヶ関や永田町の人たちが考えそうなことだと思うのだが、考えすぎだろうか?

こういう考えが根底にあるから、管理人は鉄ちゃんではあるものの、新幹線やリニアはあまり好きになれないし、新規区間開業のニュースに触れるたびに複雑な気持ちになるのである。

とりあえず、ひとことで言うと、
狭い日本、そんなに急いでどこに行く?
といったところだろうか。

2014年8月10日

乗りつぶし日記 その50 ~アクシデントで草津線~

2010年7月7日


この日は用事で大阪に行っていたのだが、奈良まわりで帰ろうとしたところ、雨による倒木でなんと奈良線が不通・・・orz

急ぐ帰路でもないので、柘植方面に大回りしてみることにした。

加茂行き大和路快速にそのまま乗車し、木津で奈良線と別れ、線路は単線となって関西本線西側の電車区間の末端駅、加茂へ。
乗っていた列車が偶然亀山方面への連絡列車となっていたようで、この列車自体も10分以上遅れていたのだが、加茂では亀山行きのキハ120が待っていた。

キハ120単行列車の車内はかなり乗客が多く、ロングシートはすでに満席。
加茂を出た列車は木津川の南岸を東に進む。大河原の手前で木津川を渡り、木津川も見えなくなり完全に車窓は山の中。少しずつ客も減っていく。

山が開けてくると伊賀上野だが、減ってきたとはいえ、まだ半分くらい客は残っている。京都府南部に住んでいながら、伊賀上野あたりは遠いイメージを持っていたが、実際の直線距離はさほど無く、近鉄(+伊賀電鉄)で行こうとするから遠回りに感じるだけというだけの事だったりして。

三重県内に入り、島ヶ原、伊賀上野とかなりの降車があったが、伊賀上野では学生が大挙乗ってきて、ロングシートは9割方埋まる。

田園風景の中、キハ120は100キロ近いスピードを出して飛ばして行き、柘植へ到着。ここで草津線に乗り換える。

柘植では対向車との行き違い、更には草津線列車との連絡も図られたダイヤになっており、10分程度の遅れなら他の連絡も追随するような形になっているようだ。
そのため、柘植で待たされることもなく、スムーズに草津線の113系4連へ乗り換え。

柘植で乗り換えた113系4連は運よくリニューアル車で車内は221系と同等の転換クロスシート仕様。
始発ということもあり、ゆうゆう着席して発車を待つ。

草津線は三重県~滋賀県の内陸部を走るのだが、ちょうど国道1号線、新名神に近いルートで伊賀から草津に抜ける。いわゆる旧・東海道のメインルートに当たるわけだ。
実際、京都から伊勢方面にJRだけで行こうとなると、京都~(東海道線)~草津~(草津線)~柘植~(関西本線)~亀山~(紀勢本線)~多気~(参宮線)~伊勢市・鳥羽というルートが最短距離になる。そのため、かつて国鉄の急行列車がたくさん走っていた時期は、このルートを走る優等列車もそれなりにあったらしい。

さて、この時乗った草津線だが、関西線のキハ120系単行と比べて、随分と客が少なく感じてしまう。まあ、人の流動と時間帯を考えればこんなもんなんだろうか。

柘植から20分ほどで、近江鉄道&信楽高原鉄道との連絡駅、貴生川に到着。柘植では少なかった乗客も、この貴生川で学生が大量に乗ってきた。
草津線で乗客が多いのは草津~貴生川間で、草津発の列車のおよそ半分は貴生川止まりという設定になっている。

そうこうしているうちに、草津に到着。東海道線に乗り換え、京都に帰る。
都合、80分ほど余分にかかった計算になるので、ひょっとしたら奈良で待っていたほうが早く変えれたかもしれないが、まあただ待たされるよりも遠回りして列車に揺られてたほうが、ストレスは感じなくて済むってことで良しとしよう。

2014年8月 9日

乗りつぶし日記 その49 ~四国一周・3日目~

2010年5月22日 旅3日目

 
この日の朝はホテルの朝食バイキングから。とは言っても、このホテルはあくまでもビジネスホテル。場所もホテル1階のコンビニに併設されているイートインコーナーなのであまり期待していなかったが、思いのほかちゃんとした朝食バイキングだった。
これが込みで1泊6000円ならかなりお得なホテルである。
 
宿を出て、土佐電鉄の桟橋線だけでも乗ってみることにした。
なんと、土佐電鉄もICカード化されていた。四国の民鉄はこの旅でことでん、伊予電鉄、土佐電鉄と乗ったが、全てICカード化されていた事になる。

防潮堤に囲まれた終点の桟橋通五丁目電停へ。ここから600mほど歩くと高知港となる。
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近くの車庫をひと眺めして、再び桟橋線に乗り高知駅へ戻る。
高知観光はまたの機会におあずけ。
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9:13発の南風8号で阿波池田まで向かう。平野部を東進し、後免で土佐くろしお鉄道の奈半利線が分岐していく。
引き続き平野部を走り、土佐山田。高知駅からの普通列車は多くがこの土佐山田止まりになっているようだ。

その土佐山田を出ると、進路は四国山地方面へ。うとうとしているうちに徳島県に突入し、大歩危へ。
絶好のビューポイントなのだが、高速で飛ばす特急の車内から写真を撮るポイントは厳しいモノがあった。
一応、撮るには撮ったが、もっといい景色のところもあった。
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この大歩危辺りから、この日の旅は吉野川とともに下っていく。
大歩危・小歩危と続く渓谷の車窓を抜けると程なくして、阿波池田に到着。
阿波池田で剣山4号に乗り換えて徳島に向かうのだが、1時間ほど待ち合わせがあるので、売店によったり、ちょうど入線していたトロッコ列車を撮影。
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1時間待ちとは言っても、剣山4号は早々に入線していたので、駅周辺を眺めて、写真をとったところで、車内で発車を待つことにした。
列車は年季の入ったキハ185の2連。これまで乗ってきた、JR四国のオリジナル車と比べると設備は数段見劣りしてしまう。
 
定刻に列車は発車し、程なくして佃駅へ。土讃線と徳島線の分岐駅はこの佃駅で、土讃線のほうが急カーブを描き分岐し、吉野川を渡っていった。
一方の徳島線の方は、吉野川の南岸を東に行く。
阿波加茂、貞光と小刻みに列車は止まっていく。徳島線内では比較的大きな部類の駅になる穴吹を過ぎて最初のトンネルがあったが、車窓はあまり変化はなく、吉野川の南岸をのんびりと小刻みに止まっていく。
徐々に徳島が近づくと、普通の郊外線の車窓になってきたところで、蔵本。そして、間もなく徳島である。
正直なところ、あまりハイライトのない路線であった。
 
徳島に着き、ちょうど腹も減ってきたので、中華そばの『いのたに』を目指す。この店も『ロケみつ』で出た店。言わずと知れた徳島の有名店で、壁一面に有名人のサインが並んでいる。
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さて、肝心の徳島ラーメンだが、肉にもしっかり味が付いているが、スープは見た目ほど味は濃くなく、あっさり目。肉に味が付いている分、このぐらいがちょうど良い塩梅なんだろう。美味しくご当地ラーメンを頂いた。

腹も満たしたところで、少しばかり徳島観光。
ロープウェイで眉山に登る。天気が曇り気味で、紀伊山地や淡路島までははっきり望むことは出来なかったが、なかなかの眺望である。
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眉山の上はちょっとした公園になっており、「徳島のラフカディオ・ハーン」とも称される、徳島を愛した異邦人・モラエスの展示館があったので見学してみた。
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眉山を降り、徳島駅界隈で少し時間を潰して、16:33発の鳴門行きに乗る。キハ47の2連で多くの帰宅客を載せている。
池谷で高徳線と分岐するのだが、この池谷は駅舎を挟んでY字型に2面4線という構造になっている。
徳島側から見ると真正面に山がそびえ、高徳線は西へ、鳴門線は東へという線形になっている。
鳴門行きの列車は田園風景の中を進んでいき、そのまま終点の鳴門へ。
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ここからは高速バスで京都に帰る。
鳴門駅から高速鳴門バス停までは少々距離があるが、歩けない距離ではないので、歩く時間を織り込んでいたが、ちょうどバスが来たので、それに乗って小鳴門橋のたもとまで移動。
橋の直下にバスセンターがあって、待合室のようになっている。そこからは『スロッピー』なる乗り物でバス停に登る。
そして、高速バスに乗り込み、今回の四国一周の旅は終了となる。
 
四国島内のJRを大分乗りつぶした今回の旅であったが、『ロケみつ』の『四国一周ブログ旅』の足跡をちょっとだけ追いかけた旅ともなった。

2014年8月 8日

乗りつぶし日記 その48 ~四国一周・2日目~

2010年5月21日 旅2日目

 
宿の至近には道後温泉本館がある。せっかく道後温泉まで来て、ここによらない訳にはいかない。
昨晩は宿の大浴場でゆっくりしたので、2日目の朝風呂は道後温泉本館で浴びる。
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朝風呂でスッキリしてから、宿をチェックアウトし、市内電車で松山市駅に戻る。
 
ここで、昨夜は一日乗車券を使ったので気づかなかったが、伊予鉄道にもICカード乗車券が導入されていた。
そういえば、ことでんもICカード対応になっていたし、ローカル私鉄も積極的にICカードを導入する流れになっているようだ。
更に思い返せば、2009年秋の北陸鉄道もICカード対応だった。
 
駅近くのマクドで朝食をとってから、当初予定を変更し、松山市駅からまずは郊外線で横河原に向かってから高浜に向かうことにした。
予定では、古町から乗車して先に高浜に向かうつもりだったが、宿からのアクセス&朝食を松山市駅近くでとったため。
この辺は現地を見て、予定よりも早めに動き出しての決断である。
まあ、逆方向と行っても同じ伊予鉄道の郊外線同士の話なので。
 
松山市駅の改札を入ってすぐにあるのが、横河原方面行きのホームだったという事情もあるし、最後は郊外線の大手町駅からJRに乗り換えることになっていたのだが、大手町駅の改札も横河原方面行きのホームにしかないという事情もあった。
こういった判断も現地に行ってみないと出来ないものである。
 
松山市駅のホームで待っていると、各方面からの列車から乗客が大量に降りてくる。さすがに平日のラッシュ時である。
朝の人の流れは各方面から松山市駅がメインだが、横河原方面への乗客もそれなりに多く、途中での乗降もそれなりにある。
 
横河原方面への路線は単線で、15分間隔での運転。それなりに距離もあるので、当然ながら行き違いも発生するのだが、止まるホームが左右逆転している駅がいくつかあった。
普通、日本の鉄道は左側通行なのだが、右側に停車していき違う役がいくつかあったのだ。
終着駅手前の愛大医学部南口でかなりの降車があった。
終点、横河原駅は一面一線の終着駅。列車の本数はそこそこあるが、終着駅を使った行き違い(?)はできなくなっている。
まあ、それと右側走行の行き違いは別の話だと思うが。
さて、この終着の横河原駅だが、松山市内からは飛び出し、隣の東温市に入っているようだ。
特にこの駅周辺に時間をつぶす予定もないので、乗ってきた列車で折り返し、高浜に向かう。
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乗ってきた路線を戻り、松山市駅をそのままスルー。松山市駅からはしばらく複線となる。
 
三津あたりで瀬戸内海が見えてくる。梅津寺は海の目前にホームがあり、かつての月九ドラマ『東京ラブストーリー』のロケ地にもなったらしい。
急に海からの霧が立ち込め、線路も単線となって、終点の高浜となる。
なぜに末端のひと駅間だけ単線?しかも、高浜駅も一面一線。
 
さて、この高浜駅はフェリーなども乗り入れる松山観光港への最寄り駅となっており、そちらに向かうバスが高浜駅の目前に止まる。
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それとは別に駅の目前にも『高浜港』という小さな港があって、近くの島への連絡船がでている。
海は穏やかで、海風が心地よいがものすごい霧である。島の影一つ見ることが出来なかったのは残念。
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港を軽く散策し、高浜駅に戻る。高浜駅からは大手町駅まで乗車し、そこから徒歩でJR松山駅に向かう。
一応、大手町駅で市内電車に乗り換えても良いのだが、市内電車ひと駅分くらい歩けよということで、歩く。
 
ちなみにこの伊予鉄道の郊外線、ローカル私鉄ながらも運転本数は多く、ワンマン化もされていない。(2010年時点では)
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松山駅で土産を買い、列車を待つ。
しかし、松山駅は思いのほか施設が貧弱。一応エレベーターはあるが、車椅子対応のトイレもない。(2010年時点では)
県庁所在地のメインの駅だというのに・・・
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施設が貧弱とは言っても、運転上重要な駅なので、構内には留置線も多く、キハ185の普通車改造車が止まっていた。
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ここからの行程は、宇和海7号で内子線経由で伊予大洲に向かった後、予讃線の海より区間を乗りつぶしてから、改めて宇和島に向かう予定である。
宇和海7号でも、バースデイきっぷの特典を活かしグリーン車に乗り込む。
しかし、もう昼が近いというのに、モヤが凄い。本当に空が真っ白である。
この日は空気が乾燥するとの天気予報であったのだが・・・
 
伊予市を出て、間もなく内子線に入り、路線は一気に内陸に入る。長短のトンネルを繰り返し、一段落したところで内子駅に到着。
内子を出るとすぐにトンネルに入るが、それを抜けると、今度は山すそを縫うように蛇行していく。
このへんの線形の違いは、路線建設の経緯によるものだろう。(内子~伊予市間が予讃線のショートカット路線として建設)
 
伊予大洲で宇和海7号を下車し、海沿いの予讃線で伊予市まで引き返す。
瀬戸内海沿いの車窓が良いというので、かなり期待していた区間である。
伊予大洲にやってきたのはキハ32型ワンマンカー。残念ながら、オールロングシートで車窓を楽しむにはちょっと物足りない。
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列車はしばらく内子方面に戻ってから、信号所で内子線と分岐する。線路はしばらく山すそを走るが、肱川沿いに海側に向かっていく。
しばらく走って、伊予出石。川の方にまたもや霧が広がっている。更に進んで伊予長浜につく。もう海は間近のはずだが、霧でよくわからない。
伊予長浜を出て少しすると、国道378号を挟んですぐに瀬戸内海が目の前なのだが、残念ながら霧で海上の視界はほぼゼロ。
一番車窓の景色が良い、下灘に到着。霧さえなければ、絶景が拝めたはずなのに・・・残念。
この旅のお目当ての一つが、予讃線の海沿いルートの車窓だったのだが、天気運がなかった。
しかし、ここまでひどい霧ははじめてだ。明け方ならともかく、真昼だというのに・・・

伊予市に到着。この日は乾燥して暑くなるという天気予報のはずだったが、13:15時点でも涼しい。
伊予市からは宇和海11号で今度は終点の宇和島まで向かう。
伊予大洲を出て八幡浜に向かうが、まだしばらくは内陸を走る。
八幡浜に到着。港町のイメージがあるのだが、駅はだいぶ内陸にある。
その先は山をトンネルで抜ける区間が続く。いくつかトンネルを抜けて、盆地に出てくると卯之町につく。
ここもロケみつで紹介された場所だ。
卯之町を出てトンネルを抜けると、合間に入り組んだ海が見え始める。もう、宇和島も近い、と思っていたらまたトンネルの連続。
あまり四国の外周を回っている実感がわかない車窓が続く。
程なくして、宇和島に到着。
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宇和島では予土線に乗り換え、窪川を目指すが、キハ32の単行がスタンバイ。
トイレ無しのこの列車で2時間半はキツイものがある。
とはいえ、行くしかないわけで・・・幸い、時間はあるのでトイレは駅で済ませたのは言うまでもない。
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予土線は、別名「しまんとグリーンライン」となっているが、さてどのへんから四万十川を拝めるか・・・
この四万十の車窓も今回の旅の大きな目的の一つである。
 
宇和島を出た列車は北宇和島方面に戻る。予土線と予讃線の正式な分岐駅は北宇和島。
ここから一気に線路は坂を登り、山を分け入っていく。
山を抜け、盆地に出ると務田、伊予宮野下と駅が続き、かなりの客が降りていく。
気がつけば、たまに見える川が、列車の進行方向と同じ向きに流れている。まだ高知県には入っていないのだが、まさか・・・
けど、沈下橋の残骸のようなものもあったし、四万十川の支流か?
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*後で地図で確認してみると、確かにこの予土線沿いの川は江川崎付近で四万十川に合流する。
 
西ヶ方駅で高知県四万十市に入る。江川崎で行き違いのため20分停車。
江川崎を過ぎてしばらく行くと、四万十川は列車の進行方向と逆に流れていく。かと思えば、トンネルを抜けて川を渡ったり。
よくもまあ、こんなところに鉄道を通せたものだと思ってしまう。
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しかし、トンネルが目障りではあったものの、期待していた車窓は望むことが出来た。
家地川で四万十の流れに別れを告げ、土佐くろしお鉄道と合流して、予土線の終点、若井へ。ただし、列車自体は次の窪川まで向かう。
まあ、窪川まで行ってくれないと、高知方面の列車に乗り継げないわけだし。
で、若井を過ぎると、別れたと思っていた、四万十川が再登場。程なくして、列車は終点の窪川に到着した。
 
しかし、不思議な地形だった。列車は太平洋側の窪川に向かっているのに、四万十川の流れは全くの逆。
江川崎から先の車窓自体もどんどん山の中に入っていくような感じになっていく。というか、実際に山の中に入るのだが。
 
窪川も四方を山に囲まれた駅。四万十川は窪川駅の北方向、中土佐町の方から南下してきて、窪川駅付近に到達する。
しかし、窪川駅付近が太平洋に近いとは言っても、川は低い方にしか流れていかない。海に近い南側のほうが標高が高いようで、四万十川は一旦太平洋から背を向けて、江川崎方面に流れていくということのようだ。
で、江川崎付近までは予土線と並行して北西方向に流れていった後、江川崎付近から改めて南下して、中村付近で太平洋に注ぐ、という流れになっているようだ。
 
窪川からは、南風28号に乗って高知駅へ向かう。予土線のロングシートから一転、今度は1時間ほどのグリーン車旅である。
列車は国道56号と並行して東へ、高知平野に向けて進んでいく。
ひたすらトンネルをくぐって行くと、土佐久礼の手前で太平洋が見え始める。
すぐに山中に入るが、須崎の手前でより近くに海が寄ってきた。
トンネル、トンネル、海、トンネルといった車窓が続き、やや開けたエリアを進んで須崎につく。まだ高知平野という感じではない。
 
須崎を出ると、海も見えなくなりやや内陸へ。
再び開けたところで位川となるが、もう一山越えそうな感じである。ただ、前方の山は低くなってきていて、トンネルも現れない。
今度の山はトンネルではなく、山すそをすり抜けて、伊野に到着。さすがにもう高知平野には入っただろう。伊野には土佐電鉄の路面電車も着ているくらいだし。
しかし、両サイドはまだまだ山。思っているほど平野部は広くないのかもしれない。
 
伊野からは小刻みに停車し、高知駅へ到着。列車は長駆、岡山へ向かうがここで下車して投宿。高知駅は真新しい高架駅である。
 
高知駅からはりまや橋まで歩き、はりまや橋のすぐ近くにある宿にチェックイン。
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荷物をおいて夕食に繰り出す。
ネットであらかじめ調べていた、『きたむら』という小料理屋へ。
塩タタキに、カツオ茶漬け、地酒の船中八策などを堪能。
カウンターで食事を頂いたが、京都で学生時代を過ごしたという女将とも会話が弾む。
特に塩タタキは美味かった。女将いわく『塩タタキ=カツオのレアステーキ』だそうだ。
そのまま頂くも良し、すだちをひと絞りで頂くも良し。にんにく醤油やポン酢など色々あったが、すだちを軽く絞ったのが一番美味かった。
あと、うつぼの唐揚げというのも頂いたが、穴子に近い感じ。地酒の船中八策は『辛口』とのことだったが、スッキリとしていて呑みやすい。
シメのカツオ茶漬けも良かった。白ご飯を鰹の刺身で覆い、茶をかける。カツオの出汁加減に、ミディアムレア状態のカツオもいい感じ。
 

2014年7月15日

乗りつぶし日記 その47 ~四国一周・1日目~

2010年5月20日 旅1日目

 
京都駅前バスターミナル8:10発の高速バスに乗るため、眠い目をこすり、6時起床。
身支度を整え、7時前に自宅を出て大久保駅に向かう。
世間は普通の平日である。それで7時台ということは当然ながらラッシュ真っ只中。
日々の通勤なら仕方ないが、旅や泊りの出張であれば避けたい時間だが、後の行程があるので仕方ない。
ちょっとでも混雑を回避しようと、近鉄京都線各停に乗るが・・・それでも150%近い乗車率。かなり混んでいる。
急行のように身動きがとれないほどではないが、まだ7時台の前半だというのに・・・
いかに大阪方面への通勤が多いかがよく分かる。
 
京都駅に着き、駅の南端から北端まで歩き、バスを待つ。
広大な京都駅前バスターミナルだが、そのほとんどは市バスが専有しているので、高速バスは限られたのりばに入れ替わり立ち替わりやってくる。
高松行名古屋行と出た後に、お目当ての徳島行のバスが到着。
この徳島行のバスもほぼ満席という盛況ぶり。
少々遅れても午前中には徳島駅につくという時間帯だからか、スーツ姿のビジネスマンの姿も見られる。
 
運悪く、席が運転席のすぐ後で、隣も後も客がいたので、足も伸ばせず、リクライニングも大きくとれずという状態。
格安の高速バスとはいえ、足くらい伸ばせる席配置にして欲しいところだが・・・
 
さて、バスが時刻表通りに運転されるのであれば、1時間後のバスでも良かったのだが、バス=道路の時間はあてに出来ない。
そのため早起きして1時間前のバスにしたのだが、やはり正解だったようだ。
京都駅からだと、京都南ICから名神に乗り、阪神高速神戸線~神戸淡路鳴門自動車道とたどるのが本来のルートだったようだが、
5月下旬の平日は名神の集中工事が行われていることが多く、この日もその工事日にあたっており、阪神高速京都線~第二京阪~京滋バイパス~名神高速とルートが変更される。
更に、阪神高速神戸線の渋滞のため、吹田から中国自動車道~山陽自動車道~神戸淡路鳴門自動車道というルートに変更となった。
ていうか、渋滞がデフォルトの阪神高速神戸線が既定ルートというのも驚きだが。
 
淡路島を抜け、四国入り。明石海峡大橋は霧に包まれ海が見えなかったが鳴門海峡大橋もかすみ気味。
かろうじて海は見えたが、はっきりと分かるような渦潮は確認できなかった。
工事渋滞やキリによる淡路島内の50キロ規制もあって、バスは大幅に遅れるんじゃないかと危惧していたが、杞憂に終わった。
いや、こういう場合は杞憂に終わっていいんです・・・想定より遅れて、行程がめちゃくちゃになるよりは・・・
結果、定刻よりも5分ほど速く徳島駅前に到着。
 
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予定していたよりも1本前の「うずしお」にも余裕で乗れそう。
どのみち予定の「うずしお」もグリーン車は取れなかった(というか設定がなかったのかも)のし、徳島の散策は最終日に時間を取っているので、早めに高松入りしても問題ない。
【バースデーきっぷ】利用の場合、事前に指定席を確保しておくことになっているのだが、変更も効くらしい。
 
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ちなみに乗車した「うずしお12号」は2両編成。指定席は半室でわずか16席である。
そのため、さすがに直前の変更だと通路側の席しか取れなかった。
 
徳島を出ると単線非電化の路線で北上していくが、列車はJR四国ご自慢の振り子型。ハイスピードで飛ばしていく。
鳴門線との分岐の池谷に来ると山が迫り、バスで通ってきた高速道路も見える。
線路は山を避け、池谷からは進路を西にとり板野へ。
板野からは再び進路を北に取り、山間へ突っ込んでいく。その山間の阿波大宮で下りのうずしおと行き違う。この駅が徳島県最後の駅。トンネルが続いて山を抜けると瀬戸内海が見え始め、香川県に入る。
引田あたりからは、うどん屋の看板もチラホラ見え始める。
 
香川県に入ると、三本松志度と止まってゆく。線路は単線が続くが、スルー化されている駅が多いため、特急はかなりのスピードで通過していく。
志度を出ると、ことでんが近くを並走する箇所もある。
高松の市街地に入り、栗林停車。そして、12:33に高松駅に到着する。
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とほぼ同時に、岡山からのマリンライナーが入線してくるが、かなりの乗客が降りてくる。
高松では時間を多めにとっているので、せっかくならば讃岐うどんをハシゴしてみよう。
 
手始めに、高松駅のホームから見えていた「味庄」でぶっかけうどんをいただく。
はしごをするので、当然「小」を頼む。温玉をつけても310円。
いかにも手打ちといった感じの麺が良い。機械と違って適度に縮れているのが出汁とよく絡む。
次の店は、「ロケみつ」で桜・稲垣早希さんが絶賛していた釜バターうどんが気になっていたので、その店を探す。
店名をよく見ていなかったので、ガイドマップを頼りに探す。おそらく移動の合間だろうから、駅チカだろうと探してみる。
駅からしばらく歩いて「さくらや」という店に入る。コンビ名つながりでこの店にしたんじゃなかったかと推理してみたが、見事に外れだった。いや、うどんは美味しかったが。ここではかき揚げの乗った「黄金うどん」320円をいただく。
 
ケータイで改めて色々ネットを調べてみると、桜・稲垣早希さんが訪れたのは「うどんバカ一代」という店だった。
なんと、ことでん長尾線花園が最寄り駅。高松築港からだと3駅も先。
彼女の徒歩圏内は想像以上に広い・・・とはいっても、私も行きは歩いて行ったわけだから、頑張れば歩ける距離なのだが。
かなり慌ただしく放ったが、無事に店にたどり着き、釜バターうどんを堪能。なるほど、和風カルボナーラである。
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麺もコシがあってうまい。歩いてきた甲斐はあった。
 
黒胡椒の余韻も冷めぬまま、急いでことでん花園駅に向かい、高松駅に戻る。
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高松からは「いしづち19号」に乗り、一気に松山へ向かう。途中の宇多津「しおかぜ15号」と併結し、そこからは念願のグリーン車である。
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ただ、8000系電車の普通車の内装は徳島から乗ってきた2000系気動車のそれより良好だったので、ぎゅう詰めでなければ普通車でもそれなりに快適に過ごせそうだった。
14:50の定刻に「いしづち19号」は発車。今度は電化された複線区間を改装していく。
わずか13分で瀬戸大橋線との東側分岐駅の坂出につく。ここから宇多津までの間で大きな三角線を描いていて、一部列車は宇多津駅を通らずに坂出から分岐して本州に向かう。
 
宇多津駅では先に「いしづち19号」が入線し「しおかぜ15号」を待機。連結作業を見届け、最後尾のグリーン車に移動する。
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さすがにグリーン車は快適である。
総勢8連となった8000系は引き続き快走を続け、土讃線との分岐駅の多度津へ。ここから先は電化の単線となる。
単線とはなるが、相変わらずハイペースで走る。車窓にはチラホラ瀬戸内の島も見えてきた。
惜しむらくは、天気がイマイチなこと。夕焼けの瀬戸内を見たかったのだが・・・
 
しかしながら、香川県に入っていこう、あまり関西では見かけない形の山が多く見える。台形になっているかと思えば、きれいな円錐形の山だったり。
 
愛媛県に入り、川之江に停車。右手の山上には城が見える。
川之江を過ぎると、海側にはコンビナートが見えてくる。
 
伊予三島ではアンパンマン列車とすれ違う。そこから一旦山間に入るが、それを抜けると新居浜に到着。
再び内陸よりに入って、伊予西条。ここには四国鉄道文化館なるものがあり、車内から見えるところにDLが展示されていた。
また、左手の車窓にはずっと四国山地がそびえ立っている。
そういえば、愛媛に入ってからは車窓から見える田畑の中に、ひときわ黄金色をしたところが多く見られた。
明らかに稲ではないが、小麦畑だったのだろうか?いや、多分そうだろう。
 
程なくして、タオルの町今治へ。高松を出て2時間弱である。
今治市内をしばらく走る。大西駅あたりで、造船所のようなクレーン群が見えた。
山間を走っているような感じもあったが、結構海も近くて時折見える。
しかし、この日は空が霞んでいて、瀬戸内の島々をはっきり望むことは出来ない。
 
松山市内に入り、随分と海も見え始めて、少し内陸に入り伊予北条
この日の宿は道後温泉だが、しばし寄り道。伊予市まで行って、伊予鉄道で松山市内まで折り返してくる行程である。
明日乗る伊予鉄道高浜線をオーバークロスすると、間もなく松山駅に到着。
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松山では同一ホームで「宇和海17号」のグリーン車へ。(わずか1駅ではあるが・・・)
自由席の大混雑をはた目に、大名旅行の気分である。
ちなみに、アンパンマン列車だったので、車内放送までアンパンマンである。
伊予市まではわずか8分。その間の車窓からは松山坊っちゃんスタジアムを見ることが出来る。
 
JR伊予市伊予鉄道郡中港駅は本当に目と鼻の先。5分もあれば充分に乗り換え可能で、予定よりは1本早い列車に乗ることが出来た。
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駅は近かった反面、車窓からはお互いの存在を確認することは出来ない。
伊予鉄道のほうが、より海側の住宅地を通っているし、駅の数も多い。
JRの特急がわずか8分で結んでいるところが、帰りは各停で26分かかる。
なお、伊予鉄道郡中線は単線電化。それでも15分毎の運転である。
車両は・・・多分、東急か京王のお古か?
満席になるほどではないが、客の乗降は多く、短区間で降りていく客も多い。
ICカードも導入されていて、気軽に使われているようだ。
土橋の出前でJRをアンダークロスし、松山市の中心部に入っていく。程なくして、終点の松山市駅に到着。
後は、市内電車の1日パスを買って、宿で荷物をおろし、市内電車を乗りつぶす。
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とれた宿は「大和屋本店」という結構な名門。
素泊まりなので、8400円というお手頃な価格で、館内には温泉もある。
19時過ぎに宿を出て市内電車(=伊予鉄道の路面電車)に乗る。
ていうか、宿は道後温泉松山市から道後温泉までは既に市内電車の3系統に乗ってるので、残りの区間に足を伸ばす。
乗りつぶしにあたっては、6系統本町線が30分毎しか無くてネックになるのでそれにまず乗ってから環状線を回る。
なんでしないど真ん中の6系統が本数少ないの?と思っていたら、本町通りに入ってからが単線ですれ違いも不可能な構造になっていたからのようだ。
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で、6系統の終点である本町6丁目で降り、環状線へ乗り換えるのだが、この付近の環状線も単線になっていて、電車も10分毎と、環状線の南側や道後温泉付近と比べると本数が少ない。
さらに、北側区間は専用軌道になっていた。
 
ちなみに環状線は左回りが2系統、右回りが1系統となっている。まずは本町6丁目からは2系統の電車に乗る。古町駅は郊外線のホームに横付けするような格好になっていて、駅を出ると郊外線を斜めに横切っていく。
その先の宮田町の先から併用軌道、要するに正真正銘の路面電車となる。なお、ここではまだ線路は単線。JR松山駅前でようやく複線に戻る。
大手町駅前では郊外線と直行し、市内電車が踏切待ちをする。『電車が踏切待ちをする』という、なんとも珍しいシーンがここでは見られるのだ。
一旦2系統松山市まで戻った後、再度1系統で環状線を逆に回り、環状線本町6丁目~上一万に乗って、市内電車完乗となった。
なお、古町駅に運転区や車庫があり、乗務員の交代が行われ、終電近くなると古町止まりの市内電車もあるようだ。
環状線北側の高砂町あたりからはライトアップされた松山城が見える。
1系統で上一万まで乗ったところで、道後温泉行きの電車に乗り換えて宿に戻る。
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夕食は温泉街の寿司屋で取る。すし丸道後店。
口コミを見て知ら出ておいた店だが、まずまず口コミ通りでわりとリーズナブルだった。
コンビニで食後&風呂あがりのデザートを買い込んで宿に戻る。
後はゆっくり館内の温泉に浸かり、部屋のマッサージチェアで疲れを落として床についた。
 

乗りつぶし日記 その46 ~四国一周・行程表~

随分長い間バックヤードに眠っていたネタだが、2010年5月の四国ツアーを書き起こそうと思う。
JR四国には【バースデーきっぷ】という大変お得な切符があり、それを使って四国での乗りテツを満喫してきた次第である。

JR四国全線が3日間乗り放題なのに加え、特急の指定席・グリーン車にも乗れるという大変お得なものである。
利用できるのは、利用開始日を誕生月とした3日間・10000円(当時)というお値段。
私の場合は、5月が誕生月なので5月1日~5月31日のいずれかを開始日とした3日間となる。
*JR四国の公式サイトによると、現在は10280円で土佐くろしお鉄道も使えるとのこと。

ゴールデンウィークでも使えるが、2010年当時は充電期間だったので、あえてゴールデンウィークを外して行ってきた。

四国へのアプローチは京都~徳島の高速バスを使うことにし、
徳島を起点にぐるっと四国を一周する行程を立てた。

 

1日目:2010年5月20日

京都 8:10発 高速バス
徳島 11:03着
徳島 12:24発 特急うずしお14号 高松行き 
高松 13:34着
(ランチで讃岐うどん巡り)
*バス遅延の場合
 徳島市内でランチ
 徳島 13:32発 特急うずしお16号 高松行き
 高松 14:34着
 
高松 14:50発 特急いしづち19号 松山行き
*宇多津でしおかぜ15号と併結
松山 17:24着
松山 17:33発 特急宇和海17号 宇和島行き
伊予市 17:41着
(徒歩連絡)
郡中港 17:59発 伊予鉄道 松山市行き
松山市 18:23着
<市電のりつぶし>
<松山市内宿泊>
 

2日目:2010年5月21日

古町 9:04発 伊予鉄道 高浜行き
高浜 9:21着
高浜 9:28発 伊予鉄道 横河原行き
横河原 10:21着
横河原 10:29発 伊予鉄道 高浜行き
大手町 11:02着
(徒歩連絡)
松山 11:21発 特急宇和海7号 宇和島行き
伊予大洲 11:54着
伊予大洲 12:12発 普通 伊予市行き(下灘回り)
伊予市 13:18着
伊予市 13:33発 特急宇和海11号 宇和島行き
宇和島 14:42着
宇和島 15:28発 普通 窪川行き
窪川 17:49着
窪川 18:23発 特急南風28号 岡山行き
高知 19:26着
<高知市電のりつぶし?>
<高知市内宿泊>
 

3日目:2010年5月22日

高知 9:13発 特急南風8号 岡山行き
阿波池田 10:19着
阿波池田 11:25発 特急剣山4号 徳島行き
徳島 12:36着
(ランチ、観光・徳島城・眉山)
徳島 16:33発
鳴門 17:11着
(徒歩orタクシーorバス)
*バスの場合
鳴門駅前 17:13発
小鳴門橋 17:18着
 鳴門BTまで徒歩5分
 
*ていうか、鳴門駅から鳴門BTまでは歩きでも15分らしい・・・
*高速鳴門BT近くに、ナムコシティーやショッピングセンターあり。
 鳴門から歩いて、バスまで時間をつぶしても良いかも。
高速鳴門 17:40発 高速バス
京都 20:04着
 

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