2014年8月アーカイブ

2014年8月27日

北陸新幹線金沢開通は来年春・・・

さて、北陸新幹線の金沢開通がいよいよ来年春に迫ってきた。

てっきり、速達タイプが『はくたか』になると思っていた管理人だが、まさかの『かがやき』になるとは思わなんだ。
まあ、『かがやき』という列車名は、北越急行ほくほく線経由の『はくたか』登場以前は、長岡乗り換えの東京対北陸の速達特急だった経緯があるので、『スーパーはくたか』や、東北新幹線の『はやぶさ』よりは、はるかに妥当なネーミングだと思いますが。
東京対北陸なら、『白山』や『北陸』といった過去の特急の名称もあったはずだが、どうも新幹線の列車名は「ひらがな」の愛称にするのが暗黙のルールになっているのだろうか。

さて、それよりも、個人的には『北陸新幹線の金沢開通』よりも、それに伴う『並行在来線の3セク化』の方が気になる。できればJRのうちに乗っておきたいものだが、富山~直江津~長野間は未乗車なので何とかしたいところなので、それを基本に計画だけは色々考えているが、なかなか実行に移せないのが悩ましい。




ていうか、いまさらだが、『整備新幹線の並行在来線は3セク化』というのは、どうしようもない愚策だと思う。
政治家ってのは、交通政策にかぎらず、国民に都合の悪い『約束事』だけは律儀に守るんやね。
さらに、経営分離のみならず、分離した区間を県境でぶった切るのも愚かしい。

新幹線やリニアのような『超高速の交通機関』は、『ストロー現象』で東京にヒト・モノ・カネが吸い取られるだけで、地域の活性化や地方の均衡的な発展にはつながらないし、県内移動、隣県移動の需要は新幹線かと並行在来線の経営分離で、かえってバスやマイカーに流れていると思うのだが。
もっと言えば、JRの分割民営化のやり方も、赤字に苦しむことが明白だった北海道・四国・九州を単独で分割させたのも、今となっては間違ってたんじゃないかとさえ思う。

会社を分けるから、会社が分かれる箇所での乗り継ぎ・連絡が不便になる。そして、それを嫌って利用客がクルマに逃げる。利用客が減って、鉄道の便数も減る。近距離移動ですら、鉄道は不便になり、地方から人が流れる。そして、地方は衰退し、ますます鉄道会社の収益が厳しくなる。

アンチ東京思考の強い管理人の穿った見方に過ぎないが、東京にヒト・モノ・カネを吸い取るために、あえて分割民営化や並行在来線の3セク化&県境でのぶつ切りをさせたんじゃなかろうか。いかにも霞ヶ関や永田町の人たちが考えそうなことだと思うのだが、考えすぎだろうか?

こういう考えが根底にあるから、管理人は鉄ちゃんではあるものの、新幹線やリニアはあまり好きになれないし、新規区間開業のニュースに触れるたびに複雑な気持ちになるのである。

とりあえず、ひとことで言うと、
狭い日本、そんなに急いでどこに行く?
といったところだろうか。

2014年8月10日

乗りつぶし日記 その50 ~アクシデントで草津線~

2010年7月7日


この日は用事で大阪に行っていたのだが、奈良まわりで帰ろうとしたところ、雨による倒木でなんと奈良線が不通・・・orz

急ぐ帰路でもないので、柘植方面に大回りしてみることにした。

加茂行き大和路快速にそのまま乗車し、木津で奈良線と別れ、線路は単線となって関西本線西側の電車区間の末端駅、加茂へ。
乗っていた列車が偶然亀山方面への連絡列車となっていたようで、この列車自体も10分以上遅れていたのだが、加茂では亀山行きのキハ120が待っていた。

キハ120単行列車の車内はかなり乗客が多く、ロングシートはすでに満席。
加茂を出た列車は木津川の南岸を東に進む。大河原の手前で木津川を渡り、木津川も見えなくなり完全に車窓は山の中。少しずつ客も減っていく。

山が開けてくると伊賀上野だが、減ってきたとはいえ、まだ半分くらい客は残っている。京都府南部に住んでいながら、伊賀上野あたりは遠いイメージを持っていたが、実際の直線距離はさほど無く、近鉄(+伊賀電鉄)で行こうとするから遠回りに感じるだけというだけの事だったりして。

三重県内に入り、島ヶ原、伊賀上野とかなりの降車があったが、伊賀上野では学生が大挙乗ってきて、ロングシートは9割方埋まる。

田園風景の中、キハ120は100キロ近いスピードを出して飛ばして行き、柘植へ到着。ここで草津線に乗り換える。

柘植では対向車との行き違い、更には草津線列車との連絡も図られたダイヤになっており、10分程度の遅れなら他の連絡も追随するような形になっているようだ。
そのため、柘植で待たされることもなく、スムーズに草津線の113系4連へ乗り換え。

柘植で乗り換えた113系4連は運よくリニューアル車で車内は221系と同等の転換クロスシート仕様。
始発ということもあり、ゆうゆう着席して発車を待つ。

草津線は三重県~滋賀県の内陸部を走るのだが、ちょうど国道1号線、新名神に近いルートで伊賀から草津に抜ける。いわゆる旧・東海道のメインルートに当たるわけだ。
実際、京都から伊勢方面にJRだけで行こうとなると、京都~(東海道線)~草津~(草津線)~柘植~(関西本線)~亀山~(紀勢本線)~多気~(参宮線)~伊勢市・鳥羽というルートが最短距離になる。そのため、かつて国鉄の急行列車がたくさん走っていた時期は、このルートを走る優等列車もそれなりにあったらしい。

さて、この時乗った草津線だが、関西線のキハ120系単行と比べて、随分と客が少なく感じてしまう。まあ、人の流動と時間帯を考えればこんなもんなんだろうか。

柘植から20分ほどで、近江鉄道&信楽高原鉄道との連絡駅、貴生川に到着。柘植では少なかった乗客も、この貴生川で学生が大量に乗ってきた。
草津線で乗客が多いのは草津~貴生川間で、草津発の列車のおよそ半分は貴生川止まりという設定になっている。

そうこうしているうちに、草津に到着。東海道線に乗り換え、京都に帰る。
都合、80分ほど余分にかかった計算になるので、ひょっとしたら奈良で待っていたほうが早く変えれたかもしれないが、まあただ待たされるよりも遠回りして列車に揺られてたほうが、ストレスは感じなくて済むってことで良しとしよう。

2014年8月 9日

乗りつぶし日記 その49 ~四国一周・3日目~

2010年5月22日 旅3日目

 
この日の朝はホテルの朝食バイキングから。とは言っても、このホテルはあくまでもビジネスホテル。場所もホテル1階のコンビニに併設されているイートインコーナーなのであまり期待していなかったが、思いのほかちゃんとした朝食バイキングだった。
これが込みで1泊6000円ならかなりお得なホテルである。
 
宿を出て、土佐電鉄の桟橋線だけでも乗ってみることにした。
なんと、土佐電鉄もICカード化されていた。四国の民鉄はこの旅でことでん、伊予電鉄、土佐電鉄と乗ったが、全てICカード化されていた事になる。

防潮堤に囲まれた終点の桟橋通五丁目電停へ。ここから600mほど歩くと高知港となる。
shikoku_2010_059.jpg
 
近くの車庫をひと眺めして、再び桟橋線に乗り高知駅へ戻る。
高知観光はまたの機会におあずけ。
shikoku_2010_060.jpg

shikoku_2010_061.jpg

9:13発の南風8号で阿波池田まで向かう。平野部を東進し、後免で土佐くろしお鉄道の奈半利線が分岐していく。
引き続き平野部を走り、土佐山田。高知駅からの普通列車は多くがこの土佐山田止まりになっているようだ。

その土佐山田を出ると、進路は四国山地方面へ。うとうとしているうちに徳島県に突入し、大歩危へ。
絶好のビューポイントなのだが、高速で飛ばす特急の車内から写真を撮るポイントは厳しいモノがあった。
一応、撮るには撮ったが、もっといい景色のところもあった。
shikoku_2010_063.jpg

この大歩危辺りから、この日の旅は吉野川とともに下っていく。
大歩危・小歩危と続く渓谷の車窓を抜けると程なくして、阿波池田に到着。
阿波池田で剣山4号に乗り換えて徳島に向かうのだが、1時間ほど待ち合わせがあるので、売店によったり、ちょうど入線していたトロッコ列車を撮影。
shikoku_2010_065.jpg

1時間待ちとは言っても、剣山4号は早々に入線していたので、駅周辺を眺めて、写真をとったところで、車内で発車を待つことにした。
列車は年季の入ったキハ185の2連。これまで乗ってきた、JR四国のオリジナル車と比べると設備は数段見劣りしてしまう。
 
定刻に列車は発車し、程なくして佃駅へ。土讃線と徳島線の分岐駅はこの佃駅で、土讃線のほうが急カーブを描き分岐し、吉野川を渡っていった。
一方の徳島線の方は、吉野川の南岸を東に行く。
阿波加茂、貞光と小刻みに列車は止まっていく。徳島線内では比較的大きな部類の駅になる穴吹を過ぎて最初のトンネルがあったが、車窓はあまり変化はなく、吉野川の南岸をのんびりと小刻みに止まっていく。
徐々に徳島が近づくと、普通の郊外線の車窓になってきたところで、蔵本。そして、間もなく徳島である。
正直なところ、あまりハイライトのない路線であった。
 
徳島に着き、ちょうど腹も減ってきたので、中華そばの『いのたに』を目指す。この店も『ロケみつ』で出た店。言わずと知れた徳島の有名店で、壁一面に有名人のサインが並んでいる。
shikoku_2010_067.jpg
さて、肝心の徳島ラーメンだが、肉にもしっかり味が付いているが、スープは見た目ほど味は濃くなく、あっさり目。肉に味が付いている分、このぐらいがちょうど良い塩梅なんだろう。美味しくご当地ラーメンを頂いた。

腹も満たしたところで、少しばかり徳島観光。
ロープウェイで眉山に登る。天気が曇り気味で、紀伊山地や淡路島までははっきり望むことは出来なかったが、なかなかの眺望である。
shikoku_2010_069.jpg

眉山の上はちょっとした公園になっており、「徳島のラフカディオ・ハーン」とも称される、徳島を愛した異邦人・モラエスの展示館があったので見学してみた。
shikoku_2010_070.jpg

眉山を降り、徳島駅界隈で少し時間を潰して、16:33発の鳴門行きに乗る。キハ47の2連で多くの帰宅客を載せている。
池谷で高徳線と分岐するのだが、この池谷は駅舎を挟んでY字型に2面4線という構造になっている。
徳島側から見ると真正面に山がそびえ、高徳線は西へ、鳴門線は東へという線形になっている。
鳴門行きの列車は田園風景の中を進んでいき、そのまま終点の鳴門へ。
shikoku_2010_071.jpg

ここからは高速バスで京都に帰る。
鳴門駅から高速鳴門バス停までは少々距離があるが、歩けない距離ではないので、歩く時間を織り込んでいたが、ちょうどバスが来たので、それに乗って小鳴門橋のたもとまで移動。
橋の直下にバスセンターがあって、待合室のようになっている。そこからは『スロッピー』なる乗り物でバス停に登る。
そして、高速バスに乗り込み、今回の四国一周の旅は終了となる。
 
四国島内のJRを大分乗りつぶした今回の旅であったが、『ロケみつ』の『四国一周ブログ旅』の足跡をちょっとだけ追いかけた旅ともなった。

2014年8月 8日

乗りつぶし日記 その48 ~四国一周・2日目~

2010年5月21日 旅2日目

 
宿の至近には道後温泉本館がある。せっかく道後温泉まで来て、ここによらない訳にはいかない。
昨晩は宿の大浴場でゆっくりしたので、2日目の朝風呂は道後温泉本館で浴びる。
shikoku_2010_024.jpg
朝風呂でスッキリしてから、宿をチェックアウトし、市内電車で松山市駅に戻る。
 
ここで、昨夜は一日乗車券を使ったので気づかなかったが、伊予鉄道にもICカード乗車券が導入されていた。
そういえば、ことでんもICカード対応になっていたし、ローカル私鉄も積極的にICカードを導入する流れになっているようだ。
更に思い返せば、2009年秋の北陸鉄道もICカード対応だった。
 
駅近くのマクドで朝食をとってから、当初予定を変更し、松山市駅からまずは郊外線で横河原に向かってから高浜に向かうことにした。
予定では、古町から乗車して先に高浜に向かうつもりだったが、宿からのアクセス&朝食を松山市駅近くでとったため。
この辺は現地を見て、予定よりも早めに動き出しての決断である。
まあ、逆方向と行っても同じ伊予鉄道の郊外線同士の話なので。
 
松山市駅の改札を入ってすぐにあるのが、横河原方面行きのホームだったという事情もあるし、最後は郊外線の大手町駅からJRに乗り換えることになっていたのだが、大手町駅の改札も横河原方面行きのホームにしかないという事情もあった。
こういった判断も現地に行ってみないと出来ないものである。
 
松山市駅のホームで待っていると、各方面からの列車から乗客が大量に降りてくる。さすがに平日のラッシュ時である。
朝の人の流れは各方面から松山市駅がメインだが、横河原方面への乗客もそれなりに多く、途中での乗降もそれなりにある。
 
横河原方面への路線は単線で、15分間隔での運転。それなりに距離もあるので、当然ながら行き違いも発生するのだが、止まるホームが左右逆転している駅がいくつかあった。
普通、日本の鉄道は左側通行なのだが、右側に停車していき違う役がいくつかあったのだ。
終着駅手前の愛大医学部南口でかなりの降車があった。
終点、横河原駅は一面一線の終着駅。列車の本数はそこそこあるが、終着駅を使った行き違い(?)はできなくなっている。
まあ、それと右側走行の行き違いは別の話だと思うが。
さて、この終着の横河原駅だが、松山市内からは飛び出し、隣の東温市に入っているようだ。
特にこの駅周辺に時間をつぶす予定もないので、乗ってきた列車で折り返し、高浜に向かう。
shikoku_2010_033.jpg
乗ってきた路線を戻り、松山市駅をそのままスルー。松山市駅からはしばらく複線となる。
 
三津あたりで瀬戸内海が見えてくる。梅津寺は海の目前にホームがあり、かつての月九ドラマ『東京ラブストーリー』のロケ地にもなったらしい。
急に海からの霧が立ち込め、線路も単線となって、終点の高浜となる。
なぜに末端のひと駅間だけ単線?しかも、高浜駅も一面一線。
 
さて、この高浜駅はフェリーなども乗り入れる松山観光港への最寄り駅となっており、そちらに向かうバスが高浜駅の目前に止まる。
shikoku_2010_035.jpg
それとは別に駅の目前にも『高浜港』という小さな港があって、近くの島への連絡船がでている。
海は穏やかで、海風が心地よいがものすごい霧である。島の影一つ見ることが出来なかったのは残念。
shikoku_2010_037.jpg
港を軽く散策し、高浜駅に戻る。高浜駅からは大手町駅まで乗車し、そこから徒歩でJR松山駅に向かう。
一応、大手町駅で市内電車に乗り換えても良いのだが、市内電車ひと駅分くらい歩けよということで、歩く。
 
ちなみにこの伊予鉄道の郊外線、ローカル私鉄ながらも運転本数は多く、ワンマン化もされていない。(2010年時点では)
shikoku_2010_040.jpg
松山駅で土産を買い、列車を待つ。
しかし、松山駅は思いのほか施設が貧弱。一応エレベーターはあるが、車椅子対応のトイレもない。(2010年時点では)
県庁所在地のメインの駅だというのに・・・
shikoku_2010_041.jpg
施設が貧弱とは言っても、運転上重要な駅なので、構内には留置線も多く、キハ185の普通車改造車が止まっていた。
shikoku_2010_044.jpg
ここからの行程は、宇和海7号で内子線経由で伊予大洲に向かった後、予讃線の海より区間を乗りつぶしてから、改めて宇和島に向かう予定である。
宇和海7号でも、バースデイきっぷの特典を活かしグリーン車に乗り込む。
しかし、もう昼が近いというのに、モヤが凄い。本当に空が真っ白である。
この日は空気が乾燥するとの天気予報であったのだが・・・
 
伊予市を出て、間もなく内子線に入り、路線は一気に内陸に入る。長短のトンネルを繰り返し、一段落したところで内子駅に到着。
内子を出るとすぐにトンネルに入るが、それを抜けると、今度は山すそを縫うように蛇行していく。
このへんの線形の違いは、路線建設の経緯によるものだろう。(内子~伊予市間が予讃線のショートカット路線として建設)
 
伊予大洲で宇和海7号を下車し、海沿いの予讃線で伊予市まで引き返す。
瀬戸内海沿いの車窓が良いというので、かなり期待していた区間である。
伊予大洲にやってきたのはキハ32型ワンマンカー。残念ながら、オールロングシートで車窓を楽しむにはちょっと物足りない。
shikoku_2010_047.jpg
列車はしばらく内子方面に戻ってから、信号所で内子線と分岐する。線路はしばらく山すそを走るが、肱川沿いに海側に向かっていく。
しばらく走って、伊予出石。川の方にまたもや霧が広がっている。更に進んで伊予長浜につく。もう海は間近のはずだが、霧でよくわからない。
伊予長浜を出て少しすると、国道378号を挟んですぐに瀬戸内海が目の前なのだが、残念ながら霧で海上の視界はほぼゼロ。
一番車窓の景色が良い、下灘に到着。霧さえなければ、絶景が拝めたはずなのに・・・残念。
この旅のお目当ての一つが、予讃線の海沿いルートの車窓だったのだが、天気運がなかった。
しかし、ここまでひどい霧ははじめてだ。明け方ならともかく、真昼だというのに・・・

伊予市に到着。この日は乾燥して暑くなるという天気予報のはずだったが、13:15時点でも涼しい。
伊予市からは宇和海11号で今度は終点の宇和島まで向かう。
伊予大洲を出て八幡浜に向かうが、まだしばらくは内陸を走る。
八幡浜に到着。港町のイメージがあるのだが、駅はだいぶ内陸にある。
その先は山をトンネルで抜ける区間が続く。いくつかトンネルを抜けて、盆地に出てくると卯之町につく。
ここもロケみつで紹介された場所だ。
卯之町を出てトンネルを抜けると、合間に入り組んだ海が見え始める。もう、宇和島も近い、と思っていたらまたトンネルの連続。
あまり四国の外周を回っている実感がわかない車窓が続く。
程なくして、宇和島に到着。
shikoku_2010_048.jpg
宇和島では予土線に乗り換え、窪川を目指すが、キハ32の単行がスタンバイ。
トイレ無しのこの列車で2時間半はキツイものがある。
とはいえ、行くしかないわけで・・・幸い、時間はあるのでトイレは駅で済ませたのは言うまでもない。
shikoku_2010_049.jpg
予土線は、別名「しまんとグリーンライン」となっているが、さてどのへんから四万十川を拝めるか・・・
この四万十の車窓も今回の旅の大きな目的の一つである。
 
宇和島を出た列車は北宇和島方面に戻る。予土線と予讃線の正式な分岐駅は北宇和島。
ここから一気に線路は坂を登り、山を分け入っていく。
山を抜け、盆地に出ると務田、伊予宮野下と駅が続き、かなりの客が降りていく。
気がつけば、たまに見える川が、列車の進行方向と同じ向きに流れている。まだ高知県には入っていないのだが、まさか・・・
けど、沈下橋の残骸のようなものもあったし、四万十川の支流か?
shikoku_2010_051.jpg
*後で地図で確認してみると、確かにこの予土線沿いの川は江川崎付近で四万十川に合流する。
 
西ヶ方駅で高知県四万十市に入る。江川崎で行き違いのため20分停車。
江川崎を過ぎてしばらく行くと、四万十川は列車の進行方向と逆に流れていく。かと思えば、トンネルを抜けて川を渡ったり。
よくもまあ、こんなところに鉄道を通せたものだと思ってしまう。
shikoku_2010_052.jpg

shikoku_2010_053.jpg

shikoku_2010_054.jpg

shikoku_2010_055.jpg
しかし、トンネルが目障りではあったものの、期待していた車窓は望むことが出来た。
家地川で四万十の流れに別れを告げ、土佐くろしお鉄道と合流して、予土線の終点、若井へ。ただし、列車自体は次の窪川まで向かう。
まあ、窪川まで行ってくれないと、高知方面の列車に乗り継げないわけだし。
で、若井を過ぎると、別れたと思っていた、四万十川が再登場。程なくして、列車は終点の窪川に到着した。
 
しかし、不思議な地形だった。列車は太平洋側の窪川に向かっているのに、四万十川の流れは全くの逆。
江川崎から先の車窓自体もどんどん山の中に入っていくような感じになっていく。というか、実際に山の中に入るのだが。
 
窪川も四方を山に囲まれた駅。四万十川は窪川駅の北方向、中土佐町の方から南下してきて、窪川駅付近に到達する。
しかし、窪川駅付近が太平洋に近いとは言っても、川は低い方にしか流れていかない。海に近い南側のほうが標高が高いようで、四万十川は一旦太平洋から背を向けて、江川崎方面に流れていくということのようだ。
で、江川崎付近までは予土線と並行して北西方向に流れていった後、江川崎付近から改めて南下して、中村付近で太平洋に注ぐ、という流れになっているようだ。
 
窪川からは、南風28号に乗って高知駅へ向かう。予土線のロングシートから一転、今度は1時間ほどのグリーン車旅である。
列車は国道56号と並行して東へ、高知平野に向けて進んでいく。
ひたすらトンネルをくぐって行くと、土佐久礼の手前で太平洋が見え始める。
すぐに山中に入るが、須崎の手前でより近くに海が寄ってきた。
トンネル、トンネル、海、トンネルといった車窓が続き、やや開けたエリアを進んで須崎につく。まだ高知平野という感じではない。
 
須崎を出ると、海も見えなくなりやや内陸へ。
再び開けたところで位川となるが、もう一山越えそうな感じである。ただ、前方の山は低くなってきていて、トンネルも現れない。
今度の山はトンネルではなく、山すそをすり抜けて、伊野に到着。さすがにもう高知平野には入っただろう。伊野には土佐電鉄の路面電車も着ているくらいだし。
しかし、両サイドはまだまだ山。思っているほど平野部は広くないのかもしれない。
 
伊野からは小刻みに停車し、高知駅へ到着。列車は長駆、岡山へ向かうがここで下車して投宿。高知駅は真新しい高架駅である。
 
高知駅からはりまや橋まで歩き、はりまや橋のすぐ近くにある宿にチェックイン。
shikoku_2010_058.jpg
荷物をおいて夕食に繰り出す。
ネットであらかじめ調べていた、『きたむら』という小料理屋へ。
塩タタキに、カツオ茶漬け、地酒の船中八策などを堪能。
カウンターで食事を頂いたが、京都で学生時代を過ごしたという女将とも会話が弾む。
特に塩タタキは美味かった。女将いわく『塩タタキ=カツオのレアステーキ』だそうだ。
そのまま頂くも良し、すだちをひと絞りで頂くも良し。にんにく醤油やポン酢など色々あったが、すだちを軽く絞ったのが一番美味かった。
あと、うつぼの唐揚げというのも頂いたが、穴子に近い感じ。地酒の船中八策は『辛口』とのことだったが、スッキリとしていて呑みやすい。
シメのカツオ茶漬けも良かった。白ご飯を鰹の刺身で覆い、茶をかける。カツオの出汁加減に、ミディアムレア状態のカツオもいい感じ。
 

このアーカイブについて

このページには、2014年8月に書かれた記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2014年7月です。

次のアーカイブは2014年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。