乗りつぶし日記 その22 ~三木鉄道惜別ツアー~

この春も例年通りJR各社から『青春18切符』が発売され、私も購入しました。


とりあえず、昨年末同様に2泊3日の旅行も計画しているのですが、それに先立って、この3月末をもって廃止となる、三木鉄道に乗車するために日帰り旅行を敢行しました。今回はその模様をアップします。

2008.3.12 三木鉄道惜別ツアー

私の自宅がある宇治市から三木鉄道に乗車するためには、まず京都駅へ向かい、JR東海道山陽線新快速加古川へと向かう。
そこから加古川線にて厄神駅へと向かい、乗り換えるのが最もポピュラーなルート。まあ、18切符を使っている時点でJR優先のルートにもなりますし。

まずは、自宅近くからバスに乗り、JR宇治駅へ向かいます。お目当てのバスは昨年末から何かと因縁の9:13分のバス。今回は10分遅れでやってきて、JR宇治では予定より1本早い電車に乗ることになりました。

ちなみに途中で乗った加古川線非電化ローカル線のイメージがあったのですが、実は電化されていて、103系のワンマン改造車などが活躍していました。

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結局、目的地の厄神駅には11:50分頃の到着。自宅を出てから約3時間の道のりです。当初の予定ではここでランチでも取ってから三木鉄道に乗ろうかと考 えていたのですが・・・少なくとも厄神駅の構内から見える範囲に飲食店商店の気配は無かったので、早々に三木鉄道に乗車することにしました。

厄神駅での接続は良好で約3分での乗り換え。入線済みの三木鉄道のレールバスに乗り込む。このレールバスは結構大型で、車内はセミクロスシート。3月末で廃止ということもあって、別れを惜しむファンが大勢車内に乗り込んでいた。裏を返せば、純粋なユーザが殆どいないということ。少なくとも平日データイムに関しては。

三木鉄道の路線は加古川線との接続駅・厄神から三木市の西部を東西に走る。古くはJR加古川線の母体となった播州鉄道の1支線であったため、このような線形になったのだろう。沿線の殆どは田園地帯を走り、三木市の中心部へと向かう。
そのため、平日データイムになってしまうと乗客は皆無といっても良いくらい。

三木市自体は、人口8万人超の神戸のベッドタウンでもあり、金物や酒米・山田錦といった伝統産業を持つ街でもあるが、いかんせん三木鉄道は三木市の中心街を外れており、何よりも人の流動の多い神戸方面へは『神戸電鉄』があるため、第三セクター転換後も乗客の減少が続き慢性的な赤字に陥っていた。

地方ローカル線の廃止、という場合、地元自治体や住民の反発というのは良くあるハナシだが、三木鉄道の場合は、2006年に市の財政再建のため「三木鉄道の廃止」を公約の一つに掲げて薮本吉秀氏が現職を破って新市長となり、そのまま三木鉄道の社長にも就任。その後に行われた市民アンケート(9~10月)でも廃止賛成が70%に対して、存続が11%の結果が出た。また外部監査の結果でも経営の継続は困難であるとされ、廃止が決定的となってしまった。

地球温暖化が叫ばれる中、私は鉄道はエコな輸送手段であり、もっと活用すべきと思っているが、さすがに三木鉄道はしょうがないなと思う。


とはいえ、いざ廃止となると郷愁を呼ぶのか、最後の勇姿を見ようとする鉄道ファンも数多く、それに乗じて三木鉄道では記念グッズを販売。私の目の前でも記念DVDを買い求めるファンが多数いた。かく言う私も記念グッズは買いました。

あと目に付いたのは地元の児童たちの書いたのぼりや寄せ書き。利用はされていなくてもそれなりに愛着を持って見られてはいたんでしょうね。

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三木鉄道の勇姿を目に焼き付けたあとは、再び厄神へと戻り、ここからは未踏ルートを乗りつぶすべく、加古川線を北上。谷川から福知山線大阪へと戻った。福知山線の沿線では、下滝丹波大山間のダイナミックな篠山川の渓谷美が印象的であった。
あと、塚口尼崎間では2005年の脱線事故現場を徐行しながら通過。列車が直撃したマンションは当時のままの姿で放置されていて、あの凄惨な光景が目に浮かぶ。

そのあとは大阪近郊の盲腸線に足を運んでからの帰宅。

都合、今回の日帰り旅行でコンプリートとなったのは下記の路線たちである。
・JR加古川線
・三木鉄道
JR桜島線
・JR和歌山線(王寺~高田間が未踏)
近鉄天理線


 

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