乗りつぶし日記 その15 ~18切符弾丸ツアー記 8~

2007.12.13 18切符紀行最終日 その2

10:34、美濃赤坂駅到着。

相変わらずの曇天模様だが、辛うじて雨は降っていない。しかしまあ、美濃赤坂駅の構内の広いこと。2両編成の313系ではもてあます。
まあ、広い構内は石灰石輸送向けのものだからそれで構わないのだろう。
美濃赤坂駅構内

改札を出て、駅舎を振り返る。結構年季の入った駅舎である。
美濃赤坂駅舎
 

辛うじて、雨は降っていない。今にも降り出しそうだが、折角ここまで来たので観光して行こうと決心。まずは、徳川家康ゆかりのお茶屋屋敷跡を目指す。
道中、徳川家康ゆかりの地であることをアピールする看板を発見。
ieyasuの看板

大体の場所は分かっているのだが、いまいちルートが分かっていない。とりあえず、赤坂中学校に隣接しているとのことなので、出来るだけ広い道を通って赤坂中学校を探す。
10分ほど歩いて、赤坂中学校を発見。学校の周りをほぼ一周したところでお茶屋屋敷跡を発見。

ボタンの名所でも知られるとのことだったが、シーズンオフということもあってか、案内板の類は一切無く、遠回りするハメに。雨も降ってきた・・・

しかし、傘を差しつつ歩いてきた甲斐はあった。

なかなか風情のある場所である。茶道の侘び・寂びの粋という感じ。(私は茶道を嗜むわけではないので、解釈が間違ってるかもしれませんが・・・)
さてはて、写真だけでどれだけ伝わるかは疑問だが・・・
お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷跡

お茶屋屋敷自体はそんなに敷地も広くなく、すぐに見物は終了。平日で天気も悪いため、観光客は私だけでした。まあ、ボタンのシーズンなら結構な人だかりなんでしょうけど。
お茶屋屋敷跡を後にして、宿場の痕跡を探してしばし散策する。

旧街道に出ると、けっこう風情のあるたたずまい。あちらこちらに看板や遺構が点在している。

史跡・赤坂宿をアピールする看板
赤坂宿の看板

赤坂宿本陣跡の石碑
赤坂宿本陣跡

旧赤坂港の遺構
赤坂港跡地

さて、一通り見物して大垣に戻りたいのだが、美濃赤坂から電車で戻るとなると、次の電車は13:00まで無い。下調べでは、旧街道沿いに名阪近鉄バスのバス停があるので、それで大垣駅に戻れるとのこと。バスは大体30分に1本くらい。

赤坂港の近所にバス停があったのでそこでバスを待つ。念のため、この大垣へ戻るにはこのバス停でよいのか、バスを待っていたおばさんに声をかけて聞いてみた。

そしたら、このおばさん、メチャクチャ赤坂の歴史に詳しい方だったようで、私が一人旅で来ていることを話すと、バスが大垣駅に到着するまで、赤坂宿の歴史について講釈していただいた。

  • 『関が原の合戦のときは、赤坂宿の辺りまで戦線は広がっていたこと』
  • 『お茶屋屋敷跡は元々、近接する赤坂中学校の敷地も含めた広大なお城だったこと』

 

など、色々と勉強させてもらった。

思っていたより、非常に奥の深い街だった。

赤坂宿の歴史を聞いているうちに、あっという間にバスは大垣駅へ到着。時間は11:30。ちょっと早いが大垣の駅ビルでランチを取ることにした。『さぬきうどん』の看板を見かけ、無類のうどん好きである私はまっしぐら。名古屋コーチン入りの鍋焼きうどんをオーダー。

『さぬきうどん』を掲げているとはいえ、ここは中京圏。いつもの関西風味よりは味が濃いのだろうと思っていたのだが、意外や意外、まさしく関西風味の鍋焼きうどんが出てきました。店の人に聞いてみたところ、鍋焼きうどんだけは特別に薄味にしているそうで、地元の方には頼りないらしい。が、関西人の私にとってはちょうど良い味加減でした・・・

<続>

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